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2012年5月18日勿来レスキュー参加記

千葉歴史・自然資料ネットワーク 後藤恵菜

 2012年5月18日(金)、茨城ネットからの案内を受け、福島県いわき市勿来のA家文書レスキューに参加しました(レスキュー活動自体は5/18~19の2日間)。私が把握している限りで、18日は千葉資料ネットに登録している方が5名、19日は1名参加しました(この参加者は他のネットに重複して登録している方も含みます)。
 
 当日、電車で参加する人は勿来駅に9時集合。駅の改札には十数名のボランティアが集まり、福島ネット・茨城ネットの方が用意してくださった車に分乗して第一次集合場所の公民館に移動。その後、公民館から徒歩5分ほどのA家に移動し、参加者一同が会することとなりました。初日はあいにくの雨模様で、「外倉庫」と呼ばれる倉庫に40名ほどのボランティアが集まりました。茨城ネットを初め、福島ネット、山形ネット、宮城ネット、神奈川ネット、埼玉からなどの参加があったとのことです。
 
 今回、レスキュー活動の事務局を担当してくださった、茨城ネット代表の高橋修さん(茨城大学)から全体挨拶とレスキュー活動についての具体的な説明がありました。
 案内にあったように、江戸時代から廻船問屋を営んでいたA家は、昨年の震災で蔵や母屋の一部を解体することになり、そのための資料搬出と記録が今回の主な活動目的です。A家は親類関係にある2家の敷地が隣接しており、双方の資料搬出がレスキューの対象となりました。また、津波被害を受けた小名浜のB家文書も勿来公民館でクリーニング作業することになりました。
 
 茨城ネットのほうで、事前に参加者の役割分担を決めておいてくださり、初顔合わせにもかかわらず、思いのほかスムーズに行動を移すことができました。活動マニュアルが配布され、各班にチーフ1名、その下にボランティアが数名ずつ割り振られました。
 主な作業分担は以下の通りです。
1蔵から搬出した資料を仮置きする場所(「外倉庫」)の整地
2解体が決まっている「新蔵」「味噌蔵」「母屋」の内部記録と資料の搬出
3「新蔵」「味噌蔵」「母屋」から搬出された資料の簡単なクリーニングと記録(写真撮影を含む)、梱包
4「旧蔵」内の記録と現代の商品・雑貨等の搬出
5周辺地域の聞き取り(解体する建物の有無など)
6小名浜B家の資料クリーニング
 私は「新蔵」班に配置され、蔵内の記録や資料搬出の作業にあたりました。
 
 大学や研究会・調査会などで史料調査の経験がある方には馴染みのある作業なので、初めて顔を合わせる人たちの集団であっても、方針と各自の役割分担を決めてしまえば、比較的作業は容易でした。蔵内の方位の特定をし、現状写真・現状スケッチをとり、壁面や床面に置かれているタンスや桐箱に番号を付与しながら、資料を搬出していきます。
 ほかの作業内容については言及できませんが、思いのほか参加者には経験者が多かったようで、少なくとも「新蔵」についてはスムーズに作業が進んだように思います。途中昼食と休憩を挟みながら、夕方5時頃まで作業をし、電車の時間に応じて順次解散となりました。駅までの送りも、茨城ネットの方々のお世話になりました。
 
 今回のレスキュー(A家の場合)は、震災から1年以上が経過していること、また津波の被害を受けていないことなどがあり、作業自体に大きな困難があるというものではありませんでした。震災直後の、ライフラインが制限されたなかでのレスキューとは違い、それなりの準備をし、それぞれがある程度の余裕をもって(救援活動までのあいだに検討の余地があるなかで)、それぞれの経験を生かすことができるものだったと思います。
 ただ、やはり作業自体には時間的制限があります。いかに効率よく作業を進めるか、しかも多くの初顔合わせのメンバーをいかにまとめていくか…茨城ネットの皆さんのご苦労は計り知れないものがあったと思います。参加を呼びかけてくださった茨城ネットの皆さんに改めて敬意をしめすとともに、心からお礼申し上げます。
 
 それから、今回は福島の被災資料を、茨城ネットが事務局になって救援しました。福島ネットの方も、今回の活動に参加されています。誤解のないように補足すると、福島県内は、今も人や物の移動が制限されている地域があります。そのため、救援を必要として場所があっても、本来なら海沿いを1時間で行けるところに、大回りをして3時間もかけて行かなければいけない現実があります。そんな話を、昼食のときに伺いました。福島ネットの方も、限られた時間のなかで、どうやったら資料の救援ができるか、日々悩んでいらっしゃいます。改めて原発事故のもたらした影響の大きさと、それがまだ長く、長く尾をひいている現実があることを考えざるを得ません。
私たちにできる救援活動は小さなものですが、「それでもこれを残すことができた」というささやかな成果を、心の支えにしたいと思います。


資料仮置き場の設置
資料仮置き場の設置

搬出資料の記録
資料搬出の記録



 今回の活動を経て、今後の千葉資料ネットで考えていく必要があると思った点をランダムに示します。今後の課題として、検討していければと思います。

・震災被害からしばらくして蔵や母屋を建て直す動き・情報をどのようにキャッチするか。
・活動にあたっては足(車)の確保が必須である。しかも、できるだけ地域(現場)の地理に精通した人が車を提供するべきだろう。
・事務局は事前にできるだけ情報を集め、当日の役割分担を決めておく。できるだけ調査に慣れた人をチーフに据える。それによって、未経験の人もレスキュー活動に参加し易くなる。日頃から、調査経験者を増やし育成することは重要(大学生・院生など)。
・日頃から少しずつ備品の整備、準備を進めておく…(たとえば今回の場合)ビニルシート、大量の使い捨てメモ用紙、筆記具(太マジック・鉛筆)、記録用紙、セロテープ類、はさみ、カッター、梱包用材(保護シート)、カメラ、PC(写真データの集約用)、懐中電灯、バインダー、刷毛、掃除グッズ、新聞紙、ビニル紐、封筒、ナンバーカードなど
・連絡網の整備
・活動の内容をそれなりに理解し、手足となって動いてくれるスタッフをできるだけ集めること(学生・院生のような)。会員(ボランティア)のさらなる募集も重要。
・搬出資料のその後の対処方針を決めておくこと(クリーニングや目録作成をどこで行うか。大学や博物館などへの搬入が可能か)。
・改めて、日頃の資料調査の経験は重要。多くの人が日頃から資料調査に参加・体験できるような機会が増えればと思う。



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