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ネットワーク通信4:鎌ケ谷市郷土資料館学芸員 立野晃さん

会員のみなさん、こんにちは。
千葉歴史・自然資料救済ネット「ネットワーク通信」担当・一牛です。
この「ネットワーク通信」は
会員相互の交流をはかり、
また、資料ネットを広く世間の方に知ってもらうために行うもので、
会員が交代で簡単な文章をブログ・ML上に発信し、
それをリレー形式でつなげていこうというものです。
早速ですが、第4回目のリレー走者は
鎌ケ谷市郷土資料館学芸員 立野晃さんです。
よろしくお願いいたします!

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ネットワーク通信4
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 千葉歴史・自然資料救済ネットワークの皆さま

 鎌ケ谷市郷土資料館学芸員の立野晃です。千葉大の引野さんのご指名をいただきましたので、自己紹介(今さらという人がいるかもしれませんがお許し下さい)・近況・千葉資料ネットについて、徒然なるまま書き進めてみます。乱文ご容赦のほど。

1 若干の自己紹介
 ・1958(昭和33)年、千葉県市原郡五井町(現市原市)の生まれ
 ・1981年、千葉大学教育学部中学校教員養成課程(社会科専攻)卒業
 ・1986年、千葉大学大学院教育学専修修了
 ・1987年、鎌ケ谷市郷土資料館学芸員(現職)

 学部・院を通じて、千葉県内の出羽三山講・富士講を民俗学的に調査・研究してきました。したがって、現在でも両講を中心に、講に興味を持ち続けています(ただ、近年研究的なことができなくなってきています)。ちなみに、鎌ケ谷に来てからは、千葉県北西部に分布する東葛・印旛大師講の調査・研究も若干行いました。

 一方、学部3年生の時に千葉大にお出でになられた、現東大名誉教授の某Y先生(見え見えですね)の影響で、古文書調査に参加するようになりました。東金市域や茂原市域で、はじめて現物の古文書を見て、触れた時の感銘は、今でも記憶にあります。その結果、房総史料調査会の立ち上げに関与し、現在もその年寄会のメンバーです。また、Y先生の御意により、新千葉県史(近世)の調査・執筆にも携わらせていただきました。

2 鎌ケ谷市郷土資料館における史料調査と保存への取り組み
 私の勤務する鎌ケ谷市郷土資料館は小規模館であり、学芸員は少数ですから、あらゆる内容を担当しなければなりません。業務の種類でいうと調査・研究・保存・展示・教育普及、そして分野で言うと、考古・歴史(古代・中世・近世・近現代)・民俗・自然などを浅く広く担当してきた次第です。おそらく、これは、小さな館に共通していることと思います。

 さて、当市域での史料の状況を簡単にご紹介します。鎌ケ谷市は、近世村が7つ(正確に言うと、このうち明治初年誕生の村が1つあります)で、それらが「明治の町村合併」で鎌ケ谷村となり、1958年に町、1971(昭和46)年に市となり、いわゆる「市町村合併」を経験していません。したがって、他の県内の市町村と比べて、格段に史料点数は少ないと思います。

 ところで、当館では現在も市史編さん事業を行っていますが、これは私が鎌ケ谷に来る以前から始まっていました。先達たちによる史料調査は行われていて、近世史料については、ある程度把握されていました。それらを利用して、『市史』資料編Ⅲ・上、下(中世・近世1、近世2)や『市史』中巻(中・近世の通史)を刊行しました。引き続き、近・現代の資料編・通史を作っていくこととなり、それからは近・現代史料の調査が始まりました。すると、近世史料とは比較にならない量の膨大な史料群と格闘することとなりました。特に、昭和期の史料は極端なことを言うと無数にある次第で、これらが歴史資料であるということを理解していただく(市民と市当局)ことも必要でした。その結果ですが、『市史』資料編Ⅳ・上(明治・大正期の史料集)、『同』Ⅳ・下(昭和期の史料集)を刊行することができ、残りは通史の『市史』下巻のみとなりました。

 参考までに、この間、調査を行った史料ですが、総数は64,149点(本年7月20日現在)となりました。そのうち、25,252点を館にご寄贈・ご寄託いただき、資料館で現物を保管しています。そして、38,897点は、所蔵者のお宅で保管されています。これは、館の保存スペースが小さく、すべてを受け入れることができないことと、各所蔵者がご理解があり、しっかりと管理をして下さっているからです。ちなみに、調査した史料は、館保管・個人宅蔵のものを問わず、原則的にすべて目録化しており、また原本は中性紙封筒に入れ、地域史料保存箱で保存しています。この他、歴史的な市公文書が毎年移管されていて、専用文書保存箱で417箱+α(本年7月20日現在)となりました。2017(平成29)年3月に市史編さん事業が終わる予定ですので、その後、閲覧・公開をどのように行っていくかが大きな課題です。

 また、現在、これら市内所在の史料が被災した時の対応について、検討しつつあるところです。

3 房総史料調査会と千葉歴史・自然資料救済ネットワーク
 房総史料調査会は、千葉県をフィールドとする史料調査や研究活動を行うことを目的として、1986年に誕生した有志の会です。先ほど名前の出ていたY先生と国立歴史民俗博物館のK先生(これもバレバレですね)を中心に立ち上げたもので、東金・茂原・君津・館山・いすみ・香取・旭・睦沢など県内各地の史料所蔵者のお宅や博物館施設にお伺いし、数々の調査を行わせていただきました。本ネットワークの会員の方のところにも随分お世話になっています。

 ところで、調査の最中あるいは終えてから気になっていたことの一つに、史料の保存の問題があります。個人宅や区有の文書の場合、現在の所蔵者の方々は、保存のことを大変気にかけて下さっていますが、たとえば代替わりの後に、さらに伝存していくか若干心許なくも思えます。本当は、アフターケアに伺い、新しい所蔵者の方と語り合えればよいのですが、なかなかそれもできない状況です。そして、何といっても最も心配なのは、災害による滅失です。

 そんな中、2年前に東日本大震災が起こり、千葉県を含めて、被災地では、歴史資料が失われたり、汚損したりした事例や各地の史料レスキューの状況が紹介されました。それをうける形で、昨年、千葉県でも千葉歴史・自然資料救済ネットワークが立ち上がりました。おそらく、有事の際に、最も被害を受けながら、救助の手が及ばないと予想されるのが、個人宅で保存されている歴史資料(それに加えて、民具などの民俗資料)だと思います。その際には、このネットワークに集っている方々は、はせ参じて下さると信じています。

 最後に、7月6日に開催された第3回勉強会に出席し、かつ、栃木県茂木町某家の史料レスキューに参加してみての感想が一つあります。平常時に様々な史料調査に参加して、経験を積んでおくことは、いざという時に大変役に立つということです。

 以上、長々とまとまらない内容で失礼いたしました。次回のネットワーク通信は、大原幽学記念館学芸員の猪野映里子さんにお願いしたいと思います。
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